人間不信、不安症、パニックでも安心できて大切にされる心の方程式

生きにくい人生から愛されて好きなことして生きる人生へ。90日で本当の問題を解決するライフダイビングカウンセラー谷美智子

外づらと内づら

   

誰でも多かれ少なかれ
内づらと外づらを持っています。

例えば、
家の中では家族に対して横暴な態度でも
外に出れば腰の低い
「良い人」であったりします。

結婚する前まではとても優しくて、
結婚した途端に不機嫌な態度に変わる。

私自身も家にいるときと
外にいるときでは、
やはりかなりの違いが
あるように思います。

一人でいるときに笑ってないし、
不機嫌でいたりもするし、
見た目も粗暴だし(笑)
面倒くさがりだし、
実際「良い人」ではないわけです。

人はこの内づらと外づらの
スイッチの切り替えを
無意識にしかも瞬時に行なっています。

当然のことながら、
内と外の人格の落差が
激しければ激しいほど、
生きづらさの度合いも高いものです。

ほんでは、
今回は内づらと外づらについて、
考えていきたいと思います。

外づらでは、

自分の外にいる人であり、
基本的に手が届かない。
関わりも深くはない。

人との円滑なコミュニケーションにおいて、
笑顔で話したり、
礼儀正しくできて、
一緒にいると楽しく、
相手を本気で尊重し尊敬もします。

一方で、
自分のダメなところを隠して、

ちゃんとしたところを見せたり、
普段やらない能力を発揮したり、
優しさや思いやりで
自分を良く見せようとします。

それでも楽しさが上回ると
とても気分が良い状態です。

一方、内づらでは、

自分の内にいる人であり、
手の届く存在。
簡単には自分からは離れていかない存在。

笑うことが少なく、
口数が減る、
横暴な態度や、不機嫌さ、
相手に対する尊重や尊敬する心が
薄れる、もしくはなくなる。

むしろ相手の悪いところばかりが
目に付いたりする。

内づらが悪過ぎると、
粗暴な態度や暴力に発展します。

という感じで、
自分自身の外づらと内づらの
違いというものを
考えられたのではないかと思います。

ではなぜ、
外と内ではこうも違うのか?
ってことなんですが、

外づらは、
「周りの期待に応えるために、
作られた性格」
です。

精神的には成長してなくても、
10代、20代、30代、40代と、

年相応に求められる
「大人像」や「良い人像」
を演じているのです。

あとは、周りの期待に
応えられるよう帆走します。

実は周りの人はそんなに期待も
していないのですが…

つまり、外づらとは基本的に
本来の自分とは違う性格です。

実際の本来の自分とは、
内づらが本当の自分です。

人間の心というものは
段階を飛ばして
成長をすることができません。

反抗期が来ていないのに
自立心を育むことはできません。

内づらが自分の心の
成長段階なので、

例えば、
暴力が悪いことだと
外づらでは分かっていても、

内づらでは幼児並みの精神力で
そもそも制御出来ないのだから、

最終的には殴るのです。

だから、外づらである、
能力や褒め言葉、
コミュニケーション力を
いくら高めたところで、

人を騙す能力が高くなって、
内づらを隠すことで、
いっぱいいっぱいになり、
苦しみが増すことになるのです。

つまり、外づらを良くすることに
頑張るのではなく、

内づらを成長させることに
力を注ぐ必要があるのです。

成長というと大げさですが、
結局は本来の自分である
悪くて汚い内づらを
表に出していくことで、

「何も起こらない」と確信すれば
良いのです。

だいたいはバレています。

そうやって自分の内づらを出していけば、
隠すものが減って、
隠すためのエネルギーも減って、
ストレスが減ります。

そして安心感が生まれます。

つまり、ひどかった内づらが
良くなってくるのです。

しかし、内づらをさらして、
馬鹿にしてくるような人とは、
付き合わないことです。

自分の悪い部分やダメな自分を晒しても、
受け入れてくれる環境で、
人は過去の思い込みから
解放されるのです。

 

 - 両親・家族, 依存, 自分自身の心理